龍 ザ・ライトパーラー

目の前に飛び込んできたり 出会ったり 感じたりしたこと、私にとっての事実をそのまま書いています。馬鹿げた話と思われるかもしれませんが………。

本日2月6日は「初午」初午は稲荷神のお祭り


本日2月6日は「初午」初午は稲荷神のお祭りで、全国で4万社あるといわれる各地の稲荷神社で豊作、商売繁盛、開運、家内安全が祈願されます。

総本社は京都の伏見稲荷大社ですが、元は和歌山県有田市にある糸我稲荷神社です。

伏見稲荷の縁起には、1300年近く前の和銅4年(711年)2月の最初の午の日に、御祭神が稲荷山(伊奈利山)の三箇峰に降りたという故事から、稲荷神を祭る祭事が行われるようになったと伝えられていますが…

有田市にある糸我稲荷神社には近くの山の岩にてご神託があったという話があり 近くにすごい磐座が山の上にあります。

 伏見稲荷創建に関わっていたのが秦氏一族です。秦の始皇帝の末裔である渡来人と秦氏の祖先は大陸から来たキリスト教徒であるとの説があり、平安時代の書物には、十字架を「はたもの」と… 昔の日本には十字架という言葉がなく、これに「機物(はたもの)」「磔(はたもの)」の文字を充てていたと…

( 推測ですが…秦氏って2つに別れていたんですかね、北秦氏秦氏 とか 前期秦氏 後期秦氏とか…)

秦氏が古代日本の景教徒で、景教とは ローマ帝国から異端とされたネストリウス派キリスト教で、シリアから現在の中国へ伝わり景教と呼ばれていました。ローマ帝国と言えば、キリスト教を権力の支配のために用い、十字軍を使い、イスラム教との争いを始めたり、、、今でも世界支配に関わる何かがこのローマ帝国に繋がっているように感じてしまいますが 古代にも危うさを感じたイエス・キリストの教えを信じる人々はローマの地を離れ、真なる世界を伝えようと新たなる地を目指したのかもしれません。

続日本紀」には景教徒の来日が記されていて、景教の伝来は七三六年であるそうです。
秦氏景教徒であったのか、原始キリスト教徒であったのかわかりませんが、聖徳太子の時代にはすでにその存在があると言われています。
日本の文化の中に大切な叡智を残し、守りゆくために、秦氏キリスト教徒であるということは伏せていたのかもしれません。一般的には日本にキリスト教が伝わったのは1549年7月3日、イエズス会の宣教師・フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸したことから始まった、と伝えられています。

イエズス会とはカトリック、つまりローマ教皇を頂点とする教会の勢力挽回を図るために作られたようで、フランシスコ・ザビエルはその創立メンバーです。 ローマ教皇ローマ帝国と繋がっていますし、バチカンはその流れであります。


ヨハネ福音書の中に
〜彼らはイエスを十字架に付けた。ビラトは罪状書を書いて十字架の上に掛けた〜とあり、それには、『ナザレのイエスユダヤの王』と書いてあり、それは、ヘブライ語ラテン語ギリシャ語で書かれていた アルファベットでは「JNRI」、ラテン語で書くと「INRI」このINRIこそが稲荷(INARI)の語源であり、キリスト教に繋がっている。

伏せて見る稲荷 

秦氏八幡神社の創建にも関わっていて、八幡とは、キリスト教ユダヤ教の創造神 ヤハウェに繋がっているとも言われています。大分の宇佐八幡で神託を受けるというのは ヤハウェからの神託を意味するのだそうですが…

和歌山県日高郡由良町には宇佐八幡神社があります…

日本とは本当に摩訶不思議な謎と神秘に満ちた国で 日本がわかってしまうと世界がわかります。キリスト教だけではなく 古代エジプトやシュメルや古代ケルト その叡智を隠したんですね キリスト教を乗っ取って磔にした勢力から…

明治維新神仏分離令、戦争時各地での大空襲、広島長崎への原爆投下、ありすぎる原子力発電所原子力発電がある場所は 古代からの本当の歴史を語る場所でもあります。

古文書やその形跡、真実は隠し続けたい、封印したいと…ますますいよいよ、裏に回っていたことが現れてくるようですね…

日本人は、意識せずに神社もお寺も教会にも普通に行けてしまう。イエス・キリストヤハウェ八百万の神々の中の一柱。

違って当たり前 違いがあってこそ面白い

一神教にあちまるようなシステムではなく
今この瞬間 ビッグバンから広がり続ける宇宙のように 全てがOneから始まり様々な形となる八百万の神々。
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