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龍 ザ・ライトパーラー

目の前に飛び込んできたり 出会ったり 感じたりしたこと、私にとっての事実をそのまま書いています。馬鹿げた話と思われるかもしれませんが………。

愛宕太郎坊と珍彦

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これは愛宕権現本地仏とされる勝軍地蔵。
wikiより 愛宕権現(あたごごんげん)は愛宕山山岳信仰修験道が融合した神仏習合の神号であり、イザナミ垂迹神として地蔵菩薩本地仏とする。愛宕修験では天狗信仰が盛んだったため、愛宕太郎坊天狗も祀った。藤原頼長の日記『台記』にも愛宕山の天狗信仰に関する記載がみられる[8]。 若宮を太郎坊大権現と称してカグツチイザナミの第五皇子であるとしその化身が愛宕太郎坊であるとされた。(第五とするのは日本書紀の記述より天照、月読、蛭児、素戔鳴の順でその次の弟とされる為) また、神武天皇が長脛彦を撃破した際、現れた金鵄もまたカグツチの化身であるとされた。 なお東京都港区の愛宕神社 (東京都港区)では、愛宕太郎坊は猿田彦の化身とされている。

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こちらは保久良神社の珍彦命
祭神椎根津彦命」の御事蹟(その一)
摂津国菟原郡(夙川西岸から生田川東岸までの間)の統治を委任された「命」は、多くの村里が良く見渡せる場と、海から昇る日輪(太陽)が遥拝できる場を兼ね合わせた処を、海上から眺め探し求められ、最適な場所として、「ほくら山」を見つけられ、青亀を麓の真下の海岸に着けられました。【この由緒から青亀(アオキ)が着いた岸部、青木(アオキ)の地名が起る】
早速、青木→南田邊→北畑を経て山を目指して登られました。山頂から、眼下に広がる海・対岸の山々・東西に広がる村里を眺められ「命」の心に適合した場所であり、祭祀する場として清めた後、東から昇る日輪を遥拝し、大岩を並べ「磐座」とされ、「祖先神」(須佐之男命大歳御祖命大国主命)を祭祀して「農業生産・諸業繁栄・村里安全」を一族の人々と共に祈願されました。
【社名由来の一=「ホ」は「ヒ」(神霊)を集めた場(倉)から】
そして一族の人々共に、生活改善向上の策として、日々、常時「火種」の供給の場を起こし定められ、多くの人々に「火力」普及保持を勧め、土器生産を通じ農業発展を奨励する一方、海上交通の安全を図る為、社頭に「かがり火」を焚き、航行安穏を祈ると同時に、文物の流通の道を開拓されました。
【社名由来の二=「火種を保持する庫・倉」=「火庫(ホクラ)」となる】
【「灘の一つ火」の起源=社頭のかがり火が始まり】

御事蹟(その二)
「火力」の補給を通じ、「農業」を促進、海上交通安全から文物流通等、活気溢るる村里の繁栄に尽くされました。
丁度その頃、天つ神の御子(神武天皇)が東・大和に向かうことを聞かれ、青亀に乗り、和田の浦にて釣りをしながら、速吸の門(ハヤスイノト)(明石海峡)にて待機、「私は国つ神、名は珍彦(ウヅヒコ)」と名乗り、「皇船の先導者皇船の先導者とならん」と申され、椎槁(シイザオ)を通して船中に入り、神武天皇と対面、「椎根津彦」の称号を賜り、海導者として浪花に上陸。河内、大和等転戦、苦労の中に献策を立てられました。後、大和建国の第一の功労者として、神武天皇即位二年「汝、皇船に迎え、導きて、績(イサヲシ)を香具山の巓(イタダキ)に表せり、因りて、倭国造(ヤマトノクニノミヤツコ)を賜る」(日本書記・旧事本紀
また、倭宿称(ヤマトノスクネ)として天皇の近くにあり、大和建国・安寧に貢献されました。
その後、信濃・越後の国の開発に尽力される等の後、倭国造の要職を子孫に譲り、「命」は故郷「菟原の郷」に帰り、弟搰(オトウカシ)と共に郷土の育成に尽くされました。
今も昔も変わること無く、毎朝太陽の日の出を拝み、「磐座」に神々の神恩を感謝し祈りを捧げつつ、代々の祖先から継承されてきたこの聖地を護持し、敬神愛山の道を育てて行きたいものです。
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これは保久良神社境内西にある磐座 神生岩(カミナリイワ)

愛宕権現様と珍彦様の両方に共通するのが「火の神」であるということと、それに保久良神社のあるお山は金鳥山。太郎坊権現の化身も金鳥と…。さらに珍彦様は浦島太郎とも…。それに磐座 磐境。愛宕山秦氏の信仰するお山であるから 愛宕山山岳信仰ユダヤ山岳信仰旧約聖書エホバは「我万軍のエホバなり」と言っていて日本の神名では 正哉吾勝勝速日天忍穂耳大神―マサカアカツカチハヤヒアメノオシホミミノオオカミ―となり これは滋賀の太郎坊宮の御祭神となっています。
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こちらは三重の桃源寺 奥宮 太郎坊権現。

この事は自分で調べたのではなく知人に案内されたり直感で導かれた後にこうして繋がってあらわれているのを記しています。この続きはまだあります…